sábado, 31 de julio de 2021

 つぶやいた。


ねえ母さん。 私、 なんで歌えなくなってしまったんだろう?

あれほど歌うことが楽しく、 必要に思えたのは、 母さんが聴いてくれていたからだとい

うことは、 明らかだった。


だが、 歌えないからと言って、 客観的には、 だからなんなのだ、 ということになる。 何

も困らないじゃないか。 歌えないとしても、 誰も何も咎めない。 ただ人生は続いてゆくだ

けだ。


地元の中学校に進学した。 ジャンパースカートの制服が、 息苦しかった。

小学校の同級生は、 進学とともに街へ行く子が多く、 地元に残る生徒は半分もいなかっ

たので、 中学でも複式学級になった。


ゅえに合唱の練習などは、 教頭先生の伴奏で、 全学年で歌うこととなった。 全学年と

い っても蜷人だった。 蜷人しかいないせいで、 私は歌わずに、 口パクだけしていることが

すぐにバレた。 なぜ歌わないのか、 事情を聞かれたが、 何も言わなかった。 怒られるかと

思ったら怒られなかった。 次の練習から私だけ見学してよし、 ということになり、 音楽教

室の片隅でひとり座りみんなが練習するのを眺めていた。 黙っているだけのヽ 無気力な少

女に見えていたかもしれない。


でもその内部では、 言葉にならない訳のわからないものが、 たくさん渦巻いていたのだ

と思う。 下校し帰宅するとたまらず母さんの部屋に入った。 黄昏の光が窓から眩しく差し

込んでいた。 使わなくなった食器や季節の家電なんかを収めた段ポールが、 テープルの上

に積み上げられている。 すっかり物置と化していた。 あれから何年も経った。 経っ てし

まった。


私はそこにある大量のレコードを、 棚の端から 一 枚ずつ出して順番に聴いた。 何日も、

何日も、 何日も。 ひたすら聴くことによって、 荒ぶる気持ちをなんとか鎮めていた。

だがある日、 もう耐えきれないと思う瞬問があった。 帰ってくるなり母さんの部屋に

入ってキーポードの前に座り、 レポート用紙を素早く開くと、 胸の中の訳のわからないも

のを吐き出すために、 ペ ンで猛然と書き始めた。 吐き出さないと窒息しそうだった。 紙を

めくって 一 心不乱にどこまでも書き続けた。


ー母さんはヽ なぜ私を置いて川に入ったのか? なぜ私と生きるよりも、 名前も知ら

ないその子を助けることを選んだのか? なぜ私は、 ひとりぽっちなのか。 なぜ、 なぜ、

なぜー。


紙を継ぎ足し、 ポスト . イットで補足し、 長い長い歌詞を善いた。 湧き上がる音階を長

く長く記譜した。 どちらでもないものは、 絵として吐き出した。 何種類もの渦巻きだっ

た。 川面に浮かぶ渦のようでもあり、 全てを呑み込むプラックホールのょうでもあり、 頭

のてっぺんに空いた穴のようでもあった。 部屋の床は、 歌詞と絵と楽譜が入り交じった紙片で埋めっくされた。


が、 不意に、


「・・・・・・・・・・・~ "“ 」


我に返っ て、 筆が止まった。 たった今、 害き連ねた言葉ゃ絵ゃ音階の無価値さ、 無意味

さ、 醜さ、 どうしようもなさに、 気づいてしまった。


何をゃっているのか? 心底、 辟易した。


紙をビリピリに破った。 いままで書いたものの全てを、 古いスチ]ル製のゴミ箱に躊躇

なく捨てた。 その紙の束は、 今吐いたぱかりのゲロに見えた。


高校生になった。


私は、 私自身がいよいよ無価値に思えた。 制服のネククイがいよいよ息苦しかった。 沈

下僑をうっむきながら渡り、 登校した。


市内の中心にある中髙 一 貫校に、 試験を受けて合格し、 高校から編入した。 そこで、 幼

馴染のしのぶくんと再会した。


「鈴」


「しのぶくん三三」


小学生の頃と高校生になった今では、 しのぷくんは何もかも違って、 背が髙く、 輝いて

見えた。 一方、 私はといえぱ、 あの頃から全く成長していないように思えて、 たまらなく

気恥ずかしく、 ろくに話もできなかった。 私は今まで何をゃっていたのか?

山奥から街に通う新しい生活が始まったのに、 勉強に身が入らなかった。 せ っかく苦労

して試験を受けて入ったのに、 授業中、 っい虚ろに窓の外を見てしまう。 これではいけな

い、 とわかりっっ。


部活はどこにも入らなかった。 そんな学生は極めて少数だった。


帰り際、 部活に打ち込む生徒たちの姿が見える。 陸上部が、 中庭で列をなしてトレーニ

ングハードルを跳んでいる〇 バレー部がグラウンドをランニングしている。 耳にメトロ

ノームを着けた吹秦楽部の打楽器担当が、 廊下でステイックを打ち鳴らしている。 なぎな

た部は格技場で姿勢良く正座し、 ょろしくおねがいいたします、 と練習前の挨拶をしてい

る。 まだ背番号をっけていない野球部の 一 年生は整列して立ち、 先輩たちの練習を食い入

るように兒ている。


どこにも属していない私は、 早足で学校を出た。


既に冬になっていた。


市内の中心を東西に流れる、 鏡川という川がある。 緩ゃかな流れのことが多いので、 対

岸のテレビ塔ゃピルを鏡のょうに映している。 その脇の道を通って駅ヘ の道を帰っている

と、


「キャハ ハ ハ ハ…」


楽器ケースを背負った軽音楽部の女子たちが、 笑いながら軽ゃかな足取りで追い越して

い った。 スクールバ ッグに付けたヽ 猫型のかわいいぬいぐるみが揺れている。 私のスクー

ルバッグに付いているのはヽ 「 ぐっとこらえ丸 」 の安っぽいプラスチック製プレートだっ

た。 「ぐっとこらえ丸」 とは、 壁に手を突いて辛いことに湛える、 たまご型のキヤラク

タ]だ。 湛えすぎたのか、 頭にヒピが入っている。 もちろん、 かわいくはない。

暗く狭い廊下で、


「私、ダメ! ちょっと!」


と私は抵抗したのだが、


「 いいじゃん」


と、 部屋に引っ張り込まれてしまった。 背後で防音ドアが、 バタンと閉まった。

「あっー」


そこはカラオケボックスの派手な室内で、 ピンクとパープルの照明が妖しく回転してい

た。 お香の香りがする。 クラスの女子たちだけの親睦会だと聞いていたが、 ソフアの上に

立ちゆらゅら首を振る女子たちの狂乱の姿を兒せられると、 このテンションの中にはとて

も入っていけない、 と思わされた。


「ペギースーかわいい」


「これ 『U』 で流行ってるゃっだよねー」


壁のモニタ画面には、 『U』 の人気A s、 ぺギースーが、 黒のラバ ードレスを着て歌う

姿が映っていた。 銀色の髪を揺らす、 紫のロ紅と赤い瞳の、 エキセントリックな美女。

ぺギースー? 『U』 ? A s? 流行ってる? 何ひとっ知らない。 まるで自分とは

別世界の出来事のようだ。 すると、


「はい」


と、 唐突にマイクが差し出された。 歌って、 というように。


「え?」


戸惑った。 コートもマフラーも脱いでない。 なのに`


「はい」


またマイクが向けられた。 私みたいなクラスの端にいるような子に` どうして?


「 みんなで歌お?」


「ねえ歌って」


女子たちの影が、 何本もマイクを押し付けてくる。 どういうこと?

「ひとりだけ歌わないっもり?」


「歌えない って、 ウソだよね?」


そういうことか。


何十本ものマイクが次々と、 私の顔に無理ゃり抑し当てられる。


「、つ、つ、つ、 ううううう」


痛い、 止めて、 と言いたかったが、 言葉にならない。


「歌って」


「ねえ歌お?」


「歌えよ」


それらの声が、 恫喝のような響きを帯びてくる。


「歌えって言ってんだろ」


「歌えー」


「歌えっ""」


わあああっ っ!


たまらず声を上げた。


とたん、 マイクが弾け飛ぴ、 床にバラバラと落ちた。


ソフアの上で踊っていた女子たちか、 ハ ッとしてこちらを見た。 面食らったように静ま

りかえっている。


「どうしたの? 鈴ちゃん」


マイクも、 女子たちの影も、 幻のように消え失せていた。


「な、 なんでもない。 ごめん。 ちょ っと:::」


言い終わらないままに、 カラオケボックスの扉を力任せに押し開け、 這うように外に出

た。


歌えない、 ということを、 誰かが聞きっけてみんなに言ったのかもしれない。


バ スを降りると、 粉雪が舞っていた。


停留所からの坂を下ると滑りそうになった。 高知でも、 市内はともかく山奥では、 普通

に雪か降る。


沈下橋を渡ると、 パキッ、 と薄い氷か割れる音がした。 コンクリートの橋の表面か凍っ

ている。


寒い。


みんなと馴染めるほど器用じゃないし割り切れもしない。 かとい っ て、 ひとりぽっちで

いられるほど強くもなく、 覚悟もなく、 達観もない。


私、 勝手なことなんてしないよ。 歌えない って噂` そんなの嘘だよ。 昔から少し、 自分

に自信がないだけ。 みんなと仲良くしたいもん。 ほんとだよ。 わかっているよ。 もちろ

ん、 わか っ ている。 だから。。。。


「あ。。。あ…」


僑の真ん中で、 衝動的に、 声を吐き出した。


「あああ…あ…ああああ」


息を吸い込むと、 冷たい空気か喉にしみた。 それでも私は、 川に向かって歌った。

「あ…………あ……ああああああ.:…あ…:…::」


歌った?


歌になんかなっていなかった。 ただのうなりだ。 カバンか肩から滑り落ちた。 歌えば、

許してくれるのだろうか。 歌えぱ、 みんなと仲良くできるのだろうか。 こんなところでひ

とり歌ってもどうにもならない。 押し潰される前の、 断末魔の叫ぴみたいだ。 それでも、

母さんと 一 緒に歌ったあの曲を、 声を絞り上げて歌った。 あの頃は、 幸せだった。 今は違

、っ。 川の流れに粉雪が渦巻いていた。 不意に、 目の前か真っ暗になった。

冑の奥から吐き気が込み上げ、 に両手でロを押さえた。


「、つ、つ、つ、っ、っ・・・・.・""」


膝をっいてうずくまった。 が、 逆流した胃液の勢いに堪え切れなかった。 橋の下の清流

に向けて、 体を前に出して、 嘔吐した。


吐瀉物がポタポタと水面に落下して、 いくっもの波紋を作った。

胃の中のものを全て吐き切ると、 そのまま橋の上に倒れた。


髪は乱れ、 ロは胃液にまみれて臭い。 もう、 辛い。 何もかも、 なしにしてしまいたい。

震えながら、 唸るように泣いた。 涙の雫が、 冷えた頼に滲みて、 ヒリヒリと痛かった。 私

なんかいなくなれぱいい。 粉雪が折り重なり積もるわずかな音か、 すぐそぱで聞こえた。

そこに、


プーン。


カバンから滑り落ちたスマホに、 通知か来た。 ヒロちゃんからのメッセージだった。

《これ見て鈴。 すごすぎてマジで笑うから》


どこかへ のリンクが貼られている。




『U』


家に戻って、 Macbook を開いた。

寒さに震えながら` ヒロちゃんから送られたリンクをクリックした。

ブウウウウン...` という波動のような音と共に、 真っ暗な画面に、 『U』 の文字か

ゅっくりと浮かび上がる。

「‥・・‥ 『U』 ?.」

吐瀉物にまみれたボロボロの私の顔か、 モニタの光に照らされた。

インビテーションぺージが立ち上がりゝ メッセージか表示される。

『U』 はもうひとっの現実

「A S」 はもうひとりのあなた

現実はゃり直せない

でも 『U』 ならゃり直せる

さあ、 もうひとりのあなたを生きよう

さあ、 新しい人生を始めよう


さあ、 世界を変えよう一


「・・・・・・・・・・・・"" 」


私は、 寒さも忘れ、 見入っていた。


横に置いたスマホが連動して、 自勁的にアプリが起動した。


Macbook のモニタに、 登録画面が現れた。 「NAME」 とある。


「名前…」


躊躇した。 抵抗感かあった。 が、 気持ちとは裏腹に、 キーボードに手か仲ぴる。


「S」 「u」 「z」:‥:。


たどたどしく打ち込む。


「U」 。


その瞬間、 強い不安が沸き起こ った。 私は衝動的にデリートキ]を連打して消去し、 開

いたドアを閉めるように Macbookを閉じた。


身を丸め、 震えながらため息をっ いた。


「わたし、 ルカちゃんのとなり」


中庭のべンチにヽ ルカちゃんを見っけた。


女子たちが身を寄せ合って、 ルカちゃんを囲んでいる。 もうすぐ 一 年生も終わりだか

ら、 仲良しみんなで写真を撮ろうということのようだった。


「渡辺さんの横座ろー」


「えーずるいー」


「ルカちゃんのそばかいいー」


ピロテイの柱の陰から私は、 輝くルカちゃんの姿を憧れるように見た。 ルカちゃんと一

緒に写真に写ることのできる彼女たちが、 羨ましかった。


「漉辺さんこっち向いて。 撮るよ 」


と、 カメラ役の女子が促して、 ルカちゃんは前を見た。 それから、 ふと気づいたように

こちらに向かって大きく手を振った。


「 あ。 鈴ちゃーん!」


「え?・」


ぎょ っとなる私に、 ルカちゃんは手招きした。


「鈴ちゃんも入ってー」


女子たちが 一斉に、 私を見た。 なぜ? と顔に書いてある。 私は慌てて柱に隠れゝ それ

から少しだけ顔を出して、 手のひらを向けた。


「い、 いいよ、 私」


でもルカちゃんは構わず、 手招きを続けた。



「早く早く!」


あとで、 画像が送られてきた。


ルカちゃんを中心に、 かわ いくVサインする女子たちの集合写真。


そこに交じって、 そぱかすだらけの私の顔がある。 ルカちゃんのすぐうしろの位置。 背

後霊のように、 気まずくVサインしている。


再度、 『U』 に登録しょうとした時、 顔写真を求められた。 自分の顔写真なんて持って

いない。 カメラをわざわざ自分に向けることもない。


なので、 この時の画像を、 登録爪に使った。


顔認識マーカーが全貝に表示される。 どれがあなたですか、 とある。 カーソルを動かし

て、 ルカちゃんの背後のそぱかす顔を、 選択した。


《新規A Sを、 A ・ ーか自動生成しています……》


と文字が出る。 併せて、 《A sとは》 、 と、 注釈がある。 《 『U』 におけるアバ夕ーの

呼称であり、 もうひとりのあなたです》


もうひとりの、 あなた。


まもなく、 レンダリングされたA Sが表示された。


「あれ…三?」


そこには、 私なんかとは遠くかけ離れた、 恐ろしいほどに美人のA sかいた。 私じゃな

く、 むしろルカちゃんにそっくりと言っていい。


「ルカちゃん? なんで三三」


A ・ ーは、 私の画像のすぐそばに写っていたルカちゃんと混同したのだろうか? だと

したら、 なんてそそっかしい人工知能だろう。 間違いは正さねぱならない。 すぐに戻るボ

タンを連打した。


「違う。 戻る戻る。 キヤンセル三三」


が、 不意にボタンを押す手が止まった。


A 8の両頬に、 赤い斑点のような模様がヽ はっきりと描画された。


「そばかす三三」


思わず自分の頼に手をあてた。 私のそぱかすなのではないのか?


「ひよっとして、 私…三?」


登録画面の 「NAME」 の棚に、 ゅっくり 一 文字ずっ、 打ち込んだ。 今度は 「 S u z

u」 ではない。


「B」 「e」 「ー」 「ー」 。


「B eーー」 = 「鈴」 。


「三三ベル」


名前を決めると、 目の前のA sが、 急に愛おしく思えてくる。























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